ロックが生活になる
最初の出会いは何だったのだろう。
おそらく中学生の頃にラジオかテレビで、ビートルズなど知りもしない私がたまたま、ビートルズの音楽に触れました。小学生の頃は歌謡曲や耳障りの良いアメリカのポップソングしか知らなかった。歌うことが得意で学校でも行事がある際に、教室で人前で歌ったりしていた。今、考えると冷汗が出てくる。
そんな自分が洋楽、ロック、ビートルズと出会った。
まさしく衝撃だった。本当に痺れた。いったいこの音楽は何なんだと。ただ良い音楽という印象ではなく心を揺さぶる訴えてくるものがあったのだ。昔はロックは不良の音楽だから駄目だと大人たちは本気で思っていたのだ。今では信じがたい話だがそうだったのだ。大人たちの知らない、分からない音楽を世界に知らしめたのがビートルズだった。しかも彼らはイギリス人だ。それまで世界を席巻するようなミュージシャンはイギリスにはなかった。そうロックは当時、反社会性で若者たちに悪影響を与えるとして社会問題にまでなっていた。ビートルズは礼儀知らずで女のように長髪で大きい音でかき鳴らす大人には理解できない存在だった。ここまででわかると思いますが、新しいものが生まれるときそれはその時代の閉塞感や社会の問題を背景に既存の概念や常識をひっくり返してしまう。その時代に息苦しさを感じてどうしようもない気持ちを今ある普通を変えてしまう。だから普通の人には理解できない、自分が信じている価値観を否定されたくない、すがりたい、現状でいたいとなるので一般にはすぐに受け入れられない。
ビートルズは誕生するべくして誕生したのだ。ビートルズが世に出る以前の音楽の世界は耳障りの良い曲と綺麗に頭をセットし、笑顔で歌い、世界はこんなに素晴らしい的な音楽が中心だった。ロックンロールは黒人によって50年代には始まっていて感受性の高い白人の若者の間でも知る者はいた。今ほどの情報量は手に入らない時代である。そしてエルビスプレスリーが登場する。白人によるロックンロールのスター誕生でる。もちろんジョンレノンもエルビスにぞっこんになった一人である。しかしエルビスはショービジネスどっぷりな売り方であった。映画も作った。当時の大半の歌手は曲作りはやらなかった。作曲家と作詞家がいて曲をレコード会社の思惑に則って作られそれを歌うシステムが主流だった。聞きやすいメロディーにアホみたいな能天気なラブソング。多くの若者は満足いかなかった。そんなつまらない世界が当たり前だったのだ。
そこにすべてを変えてしまう若者、ビートルズは誕生するのだ。
1962年、当時4人は20代前半、21,2の若者だった。ジョンレノン、ポールマッカートニー、ジョージハリソン、そしてリンゴスター。
アメリカではない、イギリスのしかも、都会とは言い難い港町のリバプール出身の4人組であるビートルズ。デビューが決まった時、彼らはその後自分たちが世界を、音楽業界だけでなく、世界、文化や思想、ライフスタイルからファッションまでありとあらゆるものを変えてしまう革命を起こしてしまうことを分かっていたのだろうか。カラヤンに「20世紀を後世に伝えるのならビートルズの音楽を聞かせればよい」と言わせることになるとは誰も予想なんか出来なかった。
活動期間は、たったの8年間である。たったの8年間。
そして夢のような8年間。今もこれからも語り継がれる8年間である。
長くなるので、
続きは次回にします。
読んでくれた方、いらっしゃったら本当にありがとうございました。
カイリでした。